2014年8月9日土曜日

カキ食えば

さて、みなさん、秋田のうまいもんを思い浮かべてみてください。
超メジャーなところでは、ハタハタ、キリタンポ、比内地鶏、稲庭うどん、あきたこまち、いぶりがっこ、それにギバサ。それにジュンサイにとんぶりに、あっ、最近では横手焼きそば、バター餅も有名になってきましたね。まだまだたくさんあるのですが、切りが無いのと、豆腐カステラは?、桧山の納豆はどうした!なんていうことなって、横並び意識の強い県民性を持つ秋田県民が分裂することになりかねないので、とりあえずこの辺でやめときます。
それでですね。ようやく本題にはいっていくのですが、ぜひともみなさん、いまこの時から、秋田のうまいもんにイワガキも付け加えておいてくださいね。

秋田では6~8月が旬!
手のひらを超える大きさ!!
なぜかって?なぜかとおっしゃるあなた!そう、そこのあなたです。聞いてください。そして忘れないでくださいね。だって、イワガキって秋田が元祖なんですよ!秋田が元祖!!今でこそ、日本のあちらこちらでイワガキの名産地がありますが、秋田が元祖なんです!元祖!!こんなことを言い出すと、それこそ日本のあちらこちらから、たくさんの反論が出てきて、日本国民が分裂することになりかねないのですが、男子たるもの一度でも口に出して言ってしまったからにはやめるわけにはいきません。
夏場の直売所はイワガキ一色になります
まぁ元祖とか本家というのは言ったもん勝ちのところがあって、それこそ津々浦々で食べられていたわけで、やりすぎると日本広告審査機構からお叱りを受けそうなんですが、少しばかり我慢して秋田のイワガキうんちくを聞いてあげてください。

生ガキ
焼きガキ:個人的にはこれが一番好きですねぇ。加熱によって旨みが凝縮してます。
貝柱も歯応えと繊維感がはっきりしてきます。

チーズをのせてオーブンで
それでは、どっからいきましょうか?
イワガキがグルメブームにのって全国的にメジャーになりだしたのは、平成に入って間もない頃だと言われているんですが、つまり、イワガキの名を日本国民誰もが一度は聞いたことがあるってくらいに知れ渡ってから、まだ20年くらいなんですね。でも我が秋田のイワガキは、30年以上前の昭和の時代から、知る人ぞ知る存在であったんですね。
えっ?そんなこと口だけなら誰でも言えるって?証拠を見せろと?
では、お見せしよう。
岩ガキ号も走ります!!!
象潟港まつり(カキまつりと呼ぶ人も)

ここに一冊の劇画があります。それも寿司劇画の元祖「鉄火の巻平」。実はこれ、知る人ぞ知る名作なんですが、その第8巻で、なんと知る人ぞ知る夏の珍味として、秋田産イワガキの握り寿司が描かれているのですね。じゃあそれっていつの事ってなるんですが、第8巻の初版本は昭和56年の発刊です。なめネコブーム、総理大臣は鈴木善幸さん。そんな時代に食べてました?知ってました?イワガキを。

寿司劇画の元祖!「鉄火の巻平」芳文社コミックス
原作:大林悠一郎、劇画:たがわ靖之
昭和56年3月1日 芳文社発行
30年以上も前に、知る人ぞ知る夏の珍味として紹介されてます。秋田のイワガキが!
それでもご納得いただけない方には、こちらにご登場いただこう。
それでは正岡子規さんよろしくお願いします。ご存知のとおり正岡さんは愛媛生まれの俳人でありますが、今から120年ほど前の明治26年8月のある日のこと。秋田は象潟の大須郷を訪れた正岡さんは、真夏だというのに旅館の夕食に酢ガキと椀が出てきたのを見て驚いている。それで、食べてみてさらに驚き「うまいうまい。非常に美味い。」と言い残している。

仰臥漫録
正岡子規著
昭和2年7月10日発行(初版本) 岩波文庫


食通とは食べ物や料理の知識に詳しい人であるが、正岡さんも食通として知られている。その食通を驚かせ、三度も美味いと言わしめたのが、秋田のイワガキだったのである。つまりです。その当時の食通にさえ知られていなかったイワガキが、すでに秋田の旅館では提供されていたってことは、やっぱり秋田が元祖と強く断定せざるをえないのではあるまいか。
さておき、正岡さんが象潟の旅館で夕食のイワガキを食べ始めたのが、夕方五時頃であったかどうかは定かではないが、そうだったことにして話を進めます。秋田では都市部を除いて、正午と夕方五時に、時を報せるチャイムが流れます。もし、正岡さんが今の時代に生きていたら、こう詠んだに違いない「カキ食えば鐘が鳴るなり十七時」。